山縣亮太の母父両親は?兄弟など家族構成を徹底調査!

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山縣亮太さんは陸上短距離走の選手として、2016年のリオデジャネイロオリンピックでは400メートル走リレーでは銀メダルを獲得しました。

また、山縣亮太さんは2020年の東京オリンピック(2021年に延期)でも100メートル走の日本代表に内定し、日本代表の主将も務めることになりました。

そんな世界で活躍する山縣亮太さんの心の支えにもなりうる両親(父母)、兄弟など家族構成について気になる人も多いのではないでしょうか?

山縣亮太さんは、両親(父母)の他に兄弟はお兄さんが1人で4人家族です。

そこで今回は「山縣亮太の母父両親は?兄弟など家族構成を徹底調査!」と題してご紹介します。

 

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1. 山縣亮太の母親は?

山縣亮太さんの母親は山縣美津恵さんです。

年齢は山縣亮太さんのお父さんより3歳年上らしいです。

とても綺麗な方ですよね!

山縣亮太さんは、早産で生まれて低体重だったそうです。

そのため、お母さんである山縣美津恵さんは心配だったでしょうし、その後山縣亮太さんが立派に大きく成長してとても喜んだことと思います。

 

山縣亮太さんの出生時エピソードの記事はこちらです。

山縣亮太は未熟児で出生体重は何グラム?結婚相手や彼女福島千里との関係は?

 

山縣亮太さんのお母さんである山縣美津恵さんはとてもお酒が大好きで、山縣亮太さんが大学を卒業して就職した時に初任給でお母さんに梅酒をプレゼントしたそうです。

このようなエピソードから、山縣亮太さんはお母さんととても仲良しであることがわかりますね。

また、山縣亮太さんがリオデジャネイロオリンピックの日本代表に内定した際、山縣美津恵さんは息子である山縣亮太さんに宛ててサプライズで手紙を書いていました。

「両親がいなければここまで陸上を続けてこれなかった」と感謝の想いを述べた山縣に、サプライズで母からの手紙が読まれた。

「こんなに恵まれた母は世界中のどこを探してもいないと思います」というメッセージだった。

「母親の言葉は心に刺さります。本当に嬉しかった」と喜びを示しす山縣。

引用元:CYCLEStyle

子供のことを思う母親の気持ちが、この一言にぎゅっと詰まっているような気がしますね!

2. 山縣亮太の父親は?

山縣亮太さんのお父さんは山縣浩一さんです。

引用元:audee

山縣浩一さんは、地元広島県で『スポーツのニシヒロ』というスポーツ用品店の経営している社長ということが分かりました。

山縣亮太さんの実家に当たるスポーツ店についての記事はこちらです。

山縣亮太の実家はスポーツ店?出身高校大学やコーチについても!

 

山縣亮太さんの父・浩一さんは、息子の陸上については褒めて伸ばしていったというエピソードがあります。

浩一さんは「勉強をやりなさいと言って、亮太の悪いところは当然怒るんですけど、陸上で怒ったことはない」と幼い頃を振り返った。どんどん記録を伸ばした中で、子育てでは「褒め続ける」ことを意識していたという。

引用元:Yahooニュース

どんな家庭でも、子育てではどうしても叱ってしまうことはありますよね。

しかし、山縣亮太さんの父・浩一さんは怒るところは怒りながらも、「褒め続ける」ということを常に意識していたようです。

浩一さんの抑えつけない教育方針から、山縣亮太さん自身も陸上を嫌いにならずに続けることができたのでしょう。

 

ちなみに、父親の浩一さんは陸上の経験がないようです。

足が速くてどこに行っても褒めてもらえた。褒めてもらえると本人は嬉しくなって頑張るんです。試合に出て一番になって、ほとんど負けることがなかった時は、タイムがいいか悪いか僕には判断基準がなかったんですね。だから『よかったね』って褒めることはあっても、怒ったことがないんですよ。

引用元:Yahooニュース

たいてい陸上を経験している方なら、どのくらいのタイムがいいかわかるかと思います。

しかし、浩一さんは”タイムがいいかどうかの判断基準がなかった”と語っているので、経験がない中、息子の山縣亮太さんを褒め続けて伸ばす教育方針にしたのかもしれませんね。

3. 山縣亮太に兄弟はいる?

山縣亮太さんには、2歳年上のお兄さんがいます。

お兄さんの写真を確認することはできませんでしたが、山縣昌平さんという名前だと判明しました。

実は、山縣亮太さんが陸上を志すことを決めたきっかけはお兄さんである山縣昌平さんだったと言います。

お兄さんも弟である山縣亮太さんと同じく陸上の選手でした。

山縣亮太さんは、お兄さんが陸上の大会に出場し、見事入賞して賞状を獲得しましたが、それを見た山縣亮太さんは自分も欲しい!と強く願ったそうです。

そして、小学4年生の時に、山縣亮太さんは小学校の代表として出場した大会の100メートル走で優勝して賞状と一緒にメダルまでも獲得するという快挙を成し遂げました。

引用元:NHK

お兄さんが陸上の大会で入賞してもらった賞状に憧れたことが、山縣亮太さんのその後の活躍につながっていることを思うと、お兄さんの存在はとても大きいものですね。

4. まとめ

今回は「山縣亮太の母父両親は?兄弟など家族構成を徹底調査!」と題してご紹介しました。

陸上短距離走の選手である、山縣亮太さんにはお母さんとお父さんのご両親以外に2歳年上の陸上選手だったお兄さんがいることがわかりました。

山縣亮太さんのご実家は広島県でスポーツ用品店を経営していて、お父さんが社長でした。

また、山縣亮太さんはご家族みんなの支えがあってオリンピックを目指し、メダルを獲得に繋がっていました。

山縣亮太さんは、自身の病気と新型コロナ禍による東京オリンピックの延期で大変な中で日本人最速記録を出して、東京オリンピックの代表の内定を勝ち取りました。

平成以降、年々強豪となっている日本陸上界において、山縣亮太さんの世界での活躍をこれからも期待したいですね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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