「反省ノ色ナシ」GLAYの歌詞の意味や解釈を考察!!

GLAY
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「反省ノ色ナシ」はGLAYの15枚目のオリジナルアルバムの収録曲です。

初めてこの曲を聴いた時、「なんか変な歌詞だな」と思ったのが正直な感想でした。

 

しかし、歌詞の全文を目で見て読んでみるとなぜかグッとくるものがありました。

 

さらに、HOTEL GLAYアリーナツアーでも演奏されている「反省ノ色ナシ」ですが、アンコール前の最後の曲が「反省ノ色ナシ」です。

 

「反省ノ色ナシ」はGLAYにとって、伝えたい想いが詰まってる曲なのではないでしょうか?

 

そこで、「反省ノ色ナシ」の歌詞の意味や解釈を考察してみました。

*あくまで個人的な意見であることをご承知ください。

 

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1.「反省ノ色ナシ」の歌詞全文

まずは、「反省ノ色ナシ」の歌詞の全文をご紹介します。

本日をもちまして いい人を辞めました

長年のご愛顧に 感謝してそしてさようなら

 

本心は語るまい 恨みとかつらみとか

金輪際会わないでしょう お身体をどうか大切に

 

Get Our Life Back Together

 

終盤のあんたと言えば 傲慢なひとり舞台さ

社内中を敵にまわして 平静がせせら笑ってらぁ

 

Give me some truth

“本日も反省の色はなし”

 

ご指名をいただきました 元秘書の亀田と申します

先生は何も知りません 私(ワタクシ)が全部やりました

 

後悔をしているんだろう? 前ほどの威勢がないな

人として生きてゆくなら 真実を今語んだよ

 

禁断の扉を前に 語り継がれる墨東綺譚

冗談は顔だけにして 平成がせせら笑ってらぁ

 

Give me some truth

“本日も反省の色はなし”

 

Give me some truth

“本日も反省の色はなし”

2.「反省ノ色ナシ」の歌詞の意味の考察

2-1.アルバム「NO DEMOCRACY」の意味とは?

まず、『反省ノ色ナシ』が収録されているアルバム「NO DEMOCRACY」にはどんな意味があるのかを考えていきたいと思います。

以下、wikipediaより引用

本作はTAKUROが「言葉にこだわった作品」と語っており、「GLAYという個人が”嘘のない言葉”で、新たな時代に語りかける曲を集めた1枚」に仕上げたという。

ちなみにタイトルについてはTAKURO曰く「内輪だけで民主主義と浮かれていても、いざ一歩外に出てみると戦争や宗教問題など様々な理由から、未だ民主主義が確立されていない理想とは程遠い現実がある」という意味が込められている、との事

 

民主主義について調べると「人民が主権を持ち行使する政治」と出てきます。

しかし、TAKUROが言っている民主主義とは、今の政治のことではなく「みんなひとりひとりが権利を持っていて主張できる時代なんだ」ということだと思います。

もちろん、みんなが好き勝手に権利を主張していては社会が成り立たなくなるため、選挙や多数決などで方向性を決定しているのが今の世の中です。

 

しかし、中には望んでもいない戦争に巻き込まれ、主張する権利すら与えられない人々もいるのが現実です。

 

「ひとりひとりが同じように権利を持つべきであるのに、理想に終わっている」

そんな現実を、平成から令和という新たな時代に変わるときに、もう1度考えてみようよ!

 

そして、「GLAYは新しい時代がこうあって欲しいと考えているよ」という言葉や想いが詰まっているのがNO DEMOCRACY」ではないかと考えます。

 

2-2.「反省ノ色ナシ」の歌詞の意味を考察

それでは「反省ノ色ナシ」の意味を歌詞を追いながら考えていきます。

本日をもちまして いい人を辞めました

長年のご愛顧に 感謝してそしてさようなら

 

本心は語るまい 恨みとかつらみとか

金輪際会わないでしょう お身体をどうか大切に

この部分は、仕事を退職する前の人を描いているのではないでしょうか?それも円満に退職する人ではなく、仕事が嫌になって辞めていく人です。

「何もかもを投げ出し、好き勝手に生きている。」そんな人の姿が描かれています。

しかも、本心も恨みも語る必要すら感じていないのですから、人生ごと投げ出しているかのような状態ですね。

 

 

Get Our Life Back Together

 

終盤のあんたと言えば 傲慢なひとり舞台さ

社内中を敵にまわして 平静がせせら笑ってらぁ

Get Our Life Back Togetherは直訳すると「自分たちの生活を取り戻そう」です。

これは仕事が嫌でやめていく人の言葉か、あるいは職場に残っている人達の言葉かと感じましたが、判断できませんでした。

お互いの言葉なのかもしれません。

 

そして、その後の歌詞は、周りの人の反応が描かれていると思います。

好き勝手やって仕事を辞めていく人間に対し、周りの人は「なんて傲慢な奴なんだ」と感じていて、黙ってバカにして笑っている様子が描かれています。

 

ちなみに

「平静」とは:穏やかで静かなこと、

「せせら笑う」とは:バカにして冷ややかに笑う 

という意味です。

 

Give me some truth

“本日も反省の色はなし”

Give me some truthは直訳すると「真実を教えて」と言う意味です。

この言葉は、仕事を辞めていく人に対して「ちゃんと本当のこと、思っていることを言いなよ」と語りかけているのではないかと思います。

 

そして、”本日も反省の色はなし”は、思っていることを語らず仕事を辞めていく人の反省が感じられない様子を表していると思います。

 

 

 

続いて2番に入っていきます。

ご指名をいただきました 元秘書の亀田と申します

先生は何も知りません 私(ワタクシ)が全部やりました

亀田さんは、今回のアルバムに亀田親子が出演していることから出てきているのではないかと思います。

この亀田さんは元秘書なので、仕事を辞めた人、あるいは異動になった人だと思います。1番の人と同一人物かはわかりませんが、おそらく違う人なのではないでしょうか。

 

そして、歌詞ではこの亀田さんが以前ともに仕事をしていた先生の存在をかばう様子が描かれています。

 

後悔をしているんだろう? 前ほどの威勢がないな

人として生きてゆくなら 真実を今語んだよ

この部分は、亀田さんの周りの人の反応が描かれていると思います。

亀田さんは、先生をかばうために自分を犠牲にしました。その結果、後悔し、前のような威勢をなくしています。

そして、自分という存在を取り戻して人として生きるには、真実を語らなければならないと諭されています。

 

禁断の扉を前に 語り継がれる濹東綺譚

「禁断の扉」とは、亀田さんが真実を語る口、あるいはその状況を表していると思います。

 

「濹東綺譚(ぼくとうきだん)」とは、永井荷風という作家の小説であり、荷風の最高傑作とも言われている作品です。

しかし、小説の中身自体は人間社会をブログのように書き綴ったもののようです。話の内容は割とあっさりしており、荷風の謙虚さが伺える作品と評価している人もいます。

 

そして、小説の編集後記のような部分に以下のような荷風の言葉があります。

何事をなすにも訓練が必要である。

彼らはわれわれの如く徒歩して通学した者とはちがって、小学校へ通う時から雑沓する電車に乗り、雑沓する百貨店や活動小屋の階段を上下して先を争うことに能く馴らされている。

自分の名を売るためには、自ら進んで全級の生徒を代表し、時の大臣や顕官に手紙を送る事を少しも恐れていない。

自分から子供は無邪気だから何をしてもよい、何をしても咎められる理由はないものと解釈している。

こういう子供が成長すれば人より先に学位を得んとし、人より先に職を求めんとし、人より先に富をつくろうとする。

この努力が彼らの一生で、その外には何物もない。

この文章を見て、永井荷風という人間は傲慢な人が嫌いで、謙虚さを大切にしたのかなと感じました。

 

ここで、もう一度歌詞に戻ってみましょう。

そんな荷風が書いた「濹東綺譚」が語り継がれているわけです。

ということは、人は謙虚であるべきなのだと言っているのではないでしょうか?

つまり、「語り継がれる濹東綺譚」とは「真実を語るよりも謙虚な人間であることが良い」ということを表現しているのだと思います。

 

冗談は顔だけにして 平成がせせら笑ってらぁ

ここでは1番と同じくせせら笑うという表現が使われています。

しかし、笑っているのは「平成」という時代です。

 

真実を語ろうというときに、やっぱり自分を押し殺して謙虚な人間であることが正しいと思ってしまっている状況を「平成」はバカにして笑っているのです。

 

Give me some truth

“本日も反省の色はなし”

Give me some truthは亀田さんに対して「本当のこと、思っていることを話しなよ」と語りかけていると思います。

 

そして、“本日も反省の色はなし”は、本当のことを語らないで自分を押し殺すなんて反省の様子が見えないなということを表現していると思われます。

 

Give me some truth

“本日も反省の色はなし”

最後は、曲を聴いている私たちに向けてのメッセージだと思います。

Give me some truthは、これまで同様に「本当のこと、思ってることを言いなよ」という意味だと思います。

そして、“本日も反省の色はなし”は、本当のことを言わないでいるのなら、反省の様子がないなということを表していると思われます。

2-3.「反省ノ色ナシ」に込められた意味とは?

ここまで、歌詞に沿って意味を考察してきました。

もっと「反省ノ色ナシ」について深く考察していこうと思います。

 

「反省ノ色ナシ」には、1番と2番で全く違うタイプの人が出てきます。

・1番:傲慢で好き勝手な人

・2番:他人のために自分を押し殺してしまうほど謙虚な人

しかし、どちらの人も「自分の思っていることを主張しない」という点が共通しています。

 

そして、歌詞の中で1番と2番で共通しているのは、「Give me some truth  ”本日も反省の色はなし”」です。

 

そのため、「Give me some truth  ”本日も反省の色はなし”」は「自分の思っていることを主張しない姿」に対して向けられているではないかと思いました。

 

自分の思っていることを主張しないというのは、誰もが自分を主張する権利を持っている民主主義において、その権利を放棄しているのと同じです。

1番、2番に出てくる人はともに民主主義の権利を放棄しています。

誰もが自分の主張をできる権利を持つ時代と言いながらも、実際はその権利を持たない人もいる。

 

自分のことを主張する権利を持っていながら、それを放棄している姿に「反省の色はなし」と言っているのではないでしょうか?

 

そして、曲の最後のにある「Give me some truth  ”本日も反省の色はなし”」は曲を聴いている私たちに向けられた言葉ではないかと記しました。

この部分は、

「みんな、自分の思っていることを主張する権利を与えられているにも関わらず、それを放棄していない?」

「みんな思っていることを主張していいし、これからは誰もが自分のことを主張していける、そんな民主主義の時代にしていこうよ」

と伝えているのではないでしょうか?

 

アルバムNO DEMOCRACYには、

「ひとりひとりが同じように権利を持つべきであるのに、理想に終わっている」そんな現実を、平成から令和という新たな時代に変わるときに、もう1度考えてみようよ。

という意味が込められているのではないかということを初めに記しました。

 

そして、収録曲「反省ノ色ナシ」は、

「まず、自分たちが思っていることを主張できる権利を行使しよう!そして、新たな時代では理想の民主主義にもっと近づけていこう!」

という意味が込められているのではないかと思います。

3.まとめ

今回は、「反省ノ色ナシ」の歌詞の意味・解釈を考察してみました。

ここまで読んでいただいてありがとうございます。正直、意味を理解するのはかなり難しいなと感じました。

たぶん正しいなと思う部分も、間違っているなと思う部分もあったと思います。

個人的な意見・解釈ですので、皆さんなりの解釈があれば、きっとそちらも正しいと思います。

GLAYの想いを感じて、また曲を聴いていただけたら幸いです。

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